自ら積極的に学習に取り組まなければ、絶対に英語は習得できない。その積極性の獲得を英語研修に求めたグローバル上場企業A社の成功事例を紹介する。
企業の英語研修を成功させることは簡単なことではない。しかし、多くの日本企業にとって、社員の英語力は喫緊の課題のはずだ。英語研修を成功させるにはどうしたらよいのか?A社の事例から、その秘訣を探ってみたい。
目次
1.A社の英語研修が成功した理由
A社の英語研修が成功したのは、その目的が明確だったからだ。そして、その目的を達成したいという研修ご担当者の熱意があったことも大きい。
A社の英語研修の目的は、「英語学習に前向きになってもらうこと」の一点に絞っていた。それは、英語研修の4つある重要な役割(英語を教えること以外)のうちの1つだが、英語研修を成功させるための最も重要、かつ最も難しい役割だ。
英語学習に前向きになってもらうには様々な要素を慎重に検討する必要があるが、ご担当者の熱意に支えられ、慎重に準備したからこそ「成功した」といっていいところまで来たのだと思う。その準備の経過を説明する。これから英語研修を準備されるご担当者の皆さまに参考になれば幸いだ。
なお、上記で述べた英語研修の4つの役割の詳細や、英語研修を準備する際の注意点と7つのステップを、別コラム「英語研修|法人担当者必読!成功に導く7つの秘訣と完全準備マニュアル」でまとめているので、こちらも是非参考にして頂きたい。
2.A社の英語研修の目的
A社は総従業員数5万人を超えるグローバル企業だ。アジア・アメリカ・ヨーロッパの数十の国に拠点を持っている。したがって、A社が英語研修を行う理由は、更なるグローバル化のための、高度な英語コミュニケーション力を持つ人材の育成だ。
英語研修の一義的な目的は、「英語学習に前向きになってもらうこと」だった。英語を習得するには、長期間にわたって学習を継続する必要がある。それにはやらされるのではなく、自ら進んで学習する意欲が大切だ。A社のご担当者はそのことを強調されていた。
今の部門では英語を使う機会はあまり多くはないが、いつ必要になるかわからない状況であり、また、英語を使えるようにしておけば、今後の仕事の幅も広がるということが英語研修を行なう理由だった。したがって、今すぐなんとかしなければならないという時間的な制約もなかった。
3.A社の英語研修の受講者
対象となるメンバーは総勢7名程度。30代〜50代の男性で全員技術職であり、同じ部署に所属している。その部署は会社の技術的な中枢の部署であり、エリート集団ともいえる知的水準が高い方ばかりだった。英語力はTOEICで500〜800点程度と幅があった。
ご担当者からは、対象となるメンバーへの対応に関する注意点も色々とご教示頂いた。例えば、上から目線の講師は一番敬遠されるということがその一例だ。A社は従業員に対する研修(英語を含む)も充実しているので、受講者の目も厳しいのだ。
受講者の決定については、ご担当者から対象者へ研修内容を説明した後、最終的には対象者の意思に任せるとのことだった。
4.A社の英語研修の内容
提案した英語研修の内容は、ボトムアップ学習とトップダウン学習の両方を合わせたハイブリッド型だ。ボトムアップ学習とは、言語の3つの基本要素である、単語・文法・発音の知識を習得し、それらを組み合わせて無限の文章を自由に作れるようにする学習であり、トップダウン学習とは、よく使用される表現や言い回しを覚えていく学習だ。
本件の場合は、すぐになんとかしなければならない状況ではなかった。そして、求められる英語力は相当に高いものを要求されると判断できたので、会話演習のような、即効性はあるがその後の伸びはあまり期待できない学習方法は合わない。基礎固めから始めて、英語を自由に操れるようになるための「英語脳(英語回路)」の構築に重きを置いた内容を提案した。
また、英語を教えることに加え、英語の学習方法をお伝えすることに重きを置いた研修のため、日本人講師が担当することを提案した。
5.A社の受講者に前向きになってもらうための施策
英語研修の目的として、ご担当者が一番強調されていた、「英語に前向きになってもらうこと」への施策をご紹介する。
5.1. 英語研修のカリキュラム・教材・講師を最適化
本件に限らず、受講生のモーティベーションを維持・向上させるには、カリキュラム、教材、そして講師の3つを、受講生のニーズやウォンツに合わせなければならないのは当たり前のことだ。
カリキュラムとは学習計画のことだ。受講生に学習を継続してもらうために、英語学習レベルと目標、年齢、職種、役職、会社のカルチャーや置かれた環境などを考慮しつつ、研修および自主学習で、具体的に何をどのように行ってもらうのかを決めなければならない。
教材を選ぶ際は、受講者の目的や英語力などに加えて、知的レベルも考慮しなければならない。市販の教材は、基礎的なものは内容も稚拙なものが多い。つまり「知的レベル=英語力」という前提で作っている教材が多いため、知的レベルは高いが英語力が低い方用の教材を選ぶことが難しいのだ。内容がつまらなければ、モーティベーションは絶対に維持できない。
カリキュラムと教材が受講生に最適なものであっても、講師により台無しになることは少なくない。講師に求められるのは2つある。スキルと人間性だ。スキルについては、やる気があればどうにでもなる。しかし人間性を変えることは不可能に近い。その講師の人間性が、スキル以上に受講生のモーティベーションに影響を与える場合が多い。
5.2. 英語学習に前向きになってもらう仕掛け①|事前セミナー
英語研修を通して英語学習に前向きになってもらうには、まずは英語研修に出席してもらわないと何も始まらない。英語研修に出席してもらうためには、英語研修の内容と講師を信用してもらわなければならない。「この内容と講師であれば、効果はあるかもしれない。」と思って頂かなければならない。
このような考え方から、我々は通常、「英語学習法セミナー」と称して、研修を開始する前、もしくは受注が決定する前に、英語研修で行う学習方法をご説明し、一部を実際に体験してもらっている。本件の場合は、メンバーの皆さまに納得頂いてからの受注となった。
5.3. 英語学習に前向きになってもらう仕掛け②|目標設定
前向きになってもらうための仕掛けの2つ目は目標設定だ。英語研修開始前に、英語研修折返し地点と終了時、1年後、2年後の具体的な目標を設定してもらい、研修初日のクラス内で一人一人発表して頂いた。また、研修折返し地点と終了時に、目標達成度について自身で検証して頂いた。
「明確な目標を持つと、人はそれだけ頑張れるもの。」「高すぎる目標を設定して「叶わない」と感じてしまうとモーティベーションは落ちてしまう。」脳科学者の澤口俊之氏の言葉だ。このような科学的な知見を参考にしながらメンバー全員に目標設定をして頂いた。
5.4. 英語学習に前向きになってもらう仕掛け③|報酬を実感してもらう
前出の澤口氏は、「人間はどんなときにやる気を出すのか。それは、報酬への期待を感じたときに尽きる。」「報酬を意識したとき、ドーパミンが分泌される。ドーパミンが分泌されると、モーティベーションも能力も最大限に発揮され、パフォーマンスをあげるには最適な状態となる」と指摘している。
報酬は色々な形がある。金銭や地位の他に、達成感や成功体験、人からの評価なども含まれる。この報酬の観点からは、本件では下記を実施した。
毎回習熟度テストを実施:研修の最初に毎回テストを実施。テスト結果の推移を研修レポートとして毎回配布。達成感もしくは挫折感を学習の励みにしてもらう。本件の場合は、単語・文法・音読もしくはシャドーイングの3つのテストを実施した。
講師からのフィードバック:本件の場合は、毎回実施するテスト結果や研修中のアクティビティに関するコメント、中間評価と最終評価のコメント、研修前と最終日の2回行うインタビュー(英語)についてのコメントなど、担当講師からのフィードバックの機会を多くするよう意識した。
ネイティブ・スピーカーとのコミュニケーション:本件の場合は、成功体験を積み上げてもらうために、月1回ネイティブ講師とのセッションを設けた。主に自主学習で事前に準備したスイーチをネイティブ講師の前で披露してもらい、他の受講者およびネイティブ講師とのディスカッションを通して達成感を感じてもらえるよう意識した。
5.5. 英語学習に前向きになってもらう仕掛け④|若干難しめの教材
本件では若干ハードルの高い、難しめの教材を使用した。メンバーの英語力にばらつきがあったため、高い方に合わせたという理由もあるが、それだけではない。モーティベーションを維持・向上するためだ。
前出の澤田氏は、「叱られたときには、ノルアドレナリンという物質が出る。これは「戦うか、逃げるか」という状況で分泌されるが、叱られることに強いタイプは戦う方へ傾き「悔しいから頑張ろう」となり、逆の場合は逃げる方へ傾き、やる気を失う。」と指摘している。つまり、打たれ強い人は、挫折感を味わうとやる気が出るのだ。
本件のメンバーは、部署の性格から考えても、知的水準が高いだけではなく、打たれ強いという仮定のもとに難しめの教材を使用することにした。できないという挫折感を味わって頂くことでやる気を出してもらう作戦だ。反対にやる気を失う可能性もあったが、その場合は十分にケアするよう担当講師に伝えておいた。
6.A社の英語研修の形態
当初、ご担当者は、メンバーそれぞれがプライベート・レッスンを受けることを想定していた。しかし、上記の「英語学習法セミナー」でのメンバーの様子を拝見し、グループ研修を提案した。
一般的にグループ研修の方が、受講者のモーティベーションを維持しやすい。他の受講者から刺激を受けるからだ。加えて、教え合うという環境を作れれば、学習効果も高くなる。チーム・ビルディングという副産物も期待できる。
一方で、グループ研修の場合は、そのグループによってクラスの性格がガラッと変わる。講師から質問しなくても積極的に話してくれるクラスや、質問しても全く反応がないクラスなどだ。当然前者の方が学習効果は高い。後者の場合は、その理由にもよるが、プライベート・レッスンにした方が良い場合が多い。
このように、グループ研修とプライベート・レッスンの選択は、社風やメンバーの性格、英語力のレベルなどの様々な要素を鑑み、総合的に判断しなければならない。本件の場合は、英語力のレベルの差はあるが、普段一緒に仕事をしていることからお互いの気心を熟知していること、積極的に話す雰囲気があること、教えあう雰囲気があることなどを考慮し、グループ研修を提案した。
ちなみに、一般的には、英語力に差があるメンバーを同じクラスに入ってもらうことを勧める英語研修業者は少ないだろう。しかし、場合によってはその方がよいこともある。その良さを引き出すのは講師の役目だ。
ちなみに、本研修は就業後に週1回2時間、費用は全額会社負担だった。
7.A社の英語研修の効果
本件の一義的な目的は、英語学習に前向きになってもらうことだったので、TOEICなどの英語力の伸びという効果測定は行っていない。それよりも、どれだけ意欲的に学習しているか、そして継続できているかという部分を重視して頂いている。その部分では一定の成果は出たといえるだろう。なぜなら、本コラムを書いている時点でも研修を継続しているからだ。研修開始から1年半以上続いていることになる。
途中、出席率が悪化したこともあった。しかし、アンケートなどで原因を探りながら、そして研修に実際に出席されているご担当者様とも意見交換しながら改善を試みつつ、現在はまた盛り返してきている。毎回のテストの結果も非常に良い。現在の担当講師によると、毎週の課題・宿題も意欲的に行って頂いているという。非常に嬉しい限りだ。
本件の場合は、受講者の英語力にばらつきはあったが、いつも一緒に仕事をしている同じ部門の気の知れたメンバーであったため、積極的に英語を話す土壌が作れたこと、ある程度のライバル心を引き出せたことも、うまく機能した理由の一つと言えるだろう。これは担当講師の力量に負うところが大きい。
8.英語研修の成功事例|A社のまとめ
英語研修を成功させるには、その目的を明確にすることが最も重要だ。そしてその目的を達成するために必要なことを考え、それを追求すること。それしかない。
A社の英語研修が成功したのは、その目的を「英語学習に前向きになってもらうこと」の一点に絞っていたからだ。そして、その目的を達成したいという研修ご担当者の熱意があったからだ。
英語研修を請け負う我々は、その目的を達成するための研修を形にしてくことだ。会社により、研修の目的は全く異なる。求められる研修の形は2つとして同じものはない。それぞれの会社の目的に最適な英語研修を作り上げ、そして提供することが我々の使命だ。
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